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食べ物のこと。命をいただくということ。

私が以前にいた西オーストラリアの農家では、牛を2頭飼っていて、1年に一度一頭の牛を殺し解体し、ラップに包んで冷凍し、向こう一年かけて大事に食べていた。
月の満ち欠けに合わせて種をまき、満月の夜には必ず外に出て月を愛でた。
バターやヨーグルトを作り、多く生ったズッキーニを夏の夜は毎日食べた。
熟れたプラムの味は今もわたしの口の中にそれはそれははっきりと蘇る。
そういう生活が無性に心地よくて、気づけば予定をずいぶんと越して滞在したものだ。あの土壌では、すべてが「生きて」いたし、私たちは決して「死んだ」ものを口にすることがなかったのだと思う。
あの土地を離れた都会の一角で、わたしはあの命の在り方を再現しようと日々奮闘している。アパートのバルコニーですくすくと育つほうれん草も、苦戦する小さなビーツも、どこかの誰かの愛情をたっぷりと受けて育ったオーガニックショップの玉ねぎも、スーパーマーケットに並ぶピカピカのアボカドにだって、そこに命を感じ、それを有難くいただく。そういう生き方が時にもどかしく、今の私には無性に楽しい。

Emiko
20.10.2016

 

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